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東京家庭裁判所 昭和48年(家)10933号 審判 1975年3月10日

申立人 古川玉三郎(仮名)

相手方 本田よね(仮名) 外五名

主文

1  別紙目録(1)の土地及び(2)の建物はいずれも相手方らの共有取得(共有持分は相手方よね、同幸四郎は各一二分の四相手方梅治、同善男、同克則、同誠一は各一二分の一)とする。

2  別紙目録(3)及び(4)の各土地は申立人の取得(但し後記3、4の負担つき)とする。

3  遺産分割調整金として申立人は相手方よね、同幸四郎に対し各金八四六万〇、三〇〇円宛、同梅治、同善男、同克則、同誠一に対し各金二一一万五、〇七五円宛をいずれも昭和五〇年一一月末日限り送金して支払うべし。

4  申立人は別紙目録(3)の土地に対し前項の各遺産分割調整金債権につき相手方よねのため第一順位の、同幸四郎のため第二順位の、同梅治のため第三順位の、同善男のため第四順位の、同克則のため第五順位の、同誠一のため第六順位の抵当権設定をなし、その登記手続をなすべし。

5  鑑定に要した費用一二万円について、金三万円を申立人の負担、残金九万円を相手方らの連帯負担と定める。

理由

I  (申立)

(1)  申立人は被相続人古川多聞が昭和一五年一〇月二六日死亡し、その遺産相続が開始した。そして同人の相続人は長男古川正一郎(昭和六年一二月一三日死亡)の長男古川梅治、二男古川善男、三男古川克則、四男古川誠一(以上四名の相続分は各一六分の一)、二男古川玉三郎(申立人)、長女本田よね及び三男古川幸四郎(以上三名の相続分は各一六分の四)であり、別紙目録記載の土地建物が被相続人の遺産である。よつてその遺産分割を求める。

(2)  申立代理人は、相手方幸四郎ほか相手方らにつき被相続人から生前贈与を受けた等の特別受益分ありとは主張しない、また目録(1)の土地の一部約六〇坪が他に賃貸されているがその賃貸契約は申立人不知の間になされたものであり、幸四郎において恣にその賃貸契約をしたものであるから、(申立代理人は敢てその賃借人を相手取つて、その賃借権の無効を争う意思はないものの)この事実を考慮において分割審判されることを希望すると同時に、上記部分の土地は申立人に配分されないことを希望する。

II  (相手方幸四郎の陳述)

被相続人の本件遺産である目録(3)(4)の各土地は地目畑であつた。相手方幸四郎は戦時中罹災し、東京から本件建物に移住していたところ、戦後上記(3)(4)の本件土地は耕作しないで放置するときは、農地買収される筈のものであつた。そして相手方幸四郎を除く、その余の相続人は右の土地を耕作する等のことなく全くこれを放置したため、専ら幸四郎において当時これを耕作して来たから、農地買収を免れて、その所有権を保全し今日に至ることができたものである。即ち右の土地が今日遺産分割しうべき対象として存在しうるのは幸四郎の寄与によるところであるから本件遺産分割に当つては、幸四郎のこの寄与を斟酌すべきものである(参照、自作農創設特別措置法昭和二四年法律第二一五号による改正前の第三条第五項五、及び右法律第二一五号による改正法の第三条第五項六)。殊に申立人は上記農地の保全について全く無関心であつたものであり、現在その財産価値が高騰したのにつけ込んで本件分割を求めるものであることに留意すべきである。

このような事情であつて、本件紛争の実体は、申立人が惹き起したもので、相手方らの間には全く紛争がない。従つて相手方幸四郎の前記いわゆる寄与分を算入して同人の取得すべき分を定められることを求めると共に、相手方らの取得すべき分は一括して相手方らの共有取得する方法により現物分割されても異存がない。

III  (1) 被相続人が昭和一五年一〇月二六日死亡し、申立人及び相手方ら六名(以上合計七名)がその遺産相続人であることが記録上認められ、別紙目録記載の各土地及び建物が被相続人の遺産であることは、申立人と相手方よね、同幸四郎同梅治同善男同誠一との間において当事者間に争なく、記録を点検してみてもその通り認められる。

(2) ところで目録(2)の建物については表示登記が存在するだけで権利の登記がなく、遺産分割が未だなされていないことが記録上も明らかであると認められるものの、目録(1)(3)(4)の各土地についてはいずれも昭和二三年四月二二日上掲出張所受付第五六九号を以て申立人及び相手方ら(以上合計七名)のため法定相続分に従つて、遺産相続による所有権移転登記がなされていることが記録の登記簿謄本により認められる。そこでこの部分について分割が既になされたものか又は未済であるのか明らかでないが、本件各当事者の陳述の趣旨に照らし且つ遺産共有を解消したと認めるに足りる特段の事情も認められないから本件遺産は未分割であつて、その分割手続をなすべきものである。

(3) つぎに本件分割に当つては遺産たる土地の一部が第三者に賃貸されたとすればその契約締結の効力と土地の範囲如何についてあらかじめ検討すべきものと思料されるので、これに言及する。

記録にある東京法務局所属公証人千秋正作成昭和二九年第二四一七号公正証書正本の写し、杉本耕太郎の同四九年九月二九日付回答書、申立人の同年一〇月一六日回答書、○○自動車株式会社の同年一一月一九日付回答書ほか記録によれば次のとおり認められる。「相手方幸四郎は昭和二九年七月九日杉本耕太郎に対し神奈川県高座郡○○町○○○番地宅地六〇坪を普通建物所有の目的を以て期間同四九年七月九日までと定め賃料一ヵ月金四、〇〇〇円、毎年一月一〇日限りその年分を一括して持参又は送金して支払うことと定めて賃貸する契約を締結した。杉本耕太郎は当時神奈川県高座郡○○町○○○番地○○タクシー株式会社の取締役であつて、その頃上記土地賃借権を○○タクシー株式会社に譲渡し、同会社はその後昭和三七年二月七日商号変更により○○自動車株式会社となり、同四八年六月二〇日本店の所在地を東京都港区南青山○丁目○○番○号に移転し、同年九月五日これを更に同区新橋○丁目○番○号に移転した。右土地賃貸借の賃料はその後値上げされ現在年額金七万五、〇〇〇円となつているもので、右賃借地上の家屋番号四五四番八木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建店舗兼居宅床面積一階二九・七五平方メートル二階二九・七五平方メートルなる建物につき昭和三二年五月二一日横浜地方法務局大和出張所受付第二四七一号を以て○○タクシー株式会社のため所有権保存登記がなされている。」上記賃貸借契約がなされたとされる六〇坪の土地は、当裁判所が現地につき実地見分したところによれば、目録(1)の土地の東側の一部(添附図面CDイロCの各点を結ぶ部分イ点はIDを結ぶ線上の点であると推認される)であると認められる。ところでこの土地は賃貸されたという前記昭和二九年七月九日当時申立人及び相手方らの遺産共有するところであつて、特段の事情のない限りその遺産共有者の一人にすぎない相手方幸四郎が単独でこれを他人に賃貸する権限はない。しかし申立人以外の他の共同相続人らは幸四郎がした右土地賃貸について特段の異議を述べていないのでこれを追認しているものと認められ、また申立人も昭和四九年一〇月一六日付回答書によりこれを承認していることが認められるので、右土地賃貸借の効力が否定されることはない。

IV  (分割の判断)

(1)  相手方幸四郎審問によれば、「同人は戦時中東京都区内で戦災に遭い、被相続人の遺産であつて、当時書籍商の商品の倉庫として使用していた目録(2)の建物に居住することになり、爾後約三〇年間を経て今日に至つていること、戦後いわゆる農地改革が行われ、一般に農地が所有者らにおいて耕作しようと思えば耕作できるのにこれをしないときは農地買収された当時、他の共同相続人は本件遺産である農地を耕作することもなかつたので、相手方幸四郎がこれを耕作し、農地買収を受けることを免れたこと」が認められるので、諸般の事情の一として後に考慮に入れることとする。

(2)  ところで遺産分割は原則として現物分割をなすべきものであり、本件分割においても特にこれを不能とする特段の事情は発見できないから現物を以て具体的にこれを分割する方法を検討することとする。

(3)  鑑定の結果によれば、「本件遺産の価額は、

目録(1)の土地 金二億六、七八七万八、九〇〇円

内訳

図面ABロイIJAを

金二億五、〇九四万三、〇〇〇円

以て囲む部分

図面CDイロCを以て

金一、六九三万五、九〇〇円

囲む部分の底地価額

目録(2)の建物 金四五万一、六〇〇円

目録(3)の土地 金六、〇四八万六、〇〇〇円

目録(4)の土地 金六、二七九万八、七〇〇円」

であり、以上を合計すると金三億九、一六一万五、二〇〇円となるからこれに各相続人の法定相続分を乗ずるときは各相続人の具体的相続分は、

申立人、相手方よね、相手方幸四郎につきそれぞれ

金九、七九〇万三、八〇〇円

相手方梅治、同善男、同克則、同誠一につきそれぞれ

金二、四四七万五、九五〇円

となる。

(4)  そこで本件遺産分割は具体的に如何に措置すべきかについて各不動産の位置、形状、価額を検し、各当事者の希望も考慮に入れて、その配当を考えてみるのに、まず申立人の前記具体的相続分に価額が相応する物件が目録中にあるか否か調べてみると、いずれも分筆などの手続をとらない限り直ちにこれに適合する物件を発見することができない。そして目録中の各土地についても分筆或は合筆などして申立人の相続分に相応する価額の土地を得ることは必ずしも簡単ではない。他方前記当事者の意見陳述によれば、本件遺産分割の紛争は申立人を除くその余の相続人ら(即ち相手方ら)の間には争がなく、同人らの取得分は同人らの共有とされても異議がないものと推認できるから申立人の取得する部分のみを定めて同人にこれを取得させれば足りるものと認められる事情がある。而して目録(2)の建物及びその敷地である目録(1)の土地の一部は相手方幸四郎が永年に亘り居住して占有するところであるから、本件分割後も同人が同所に居住してこれを占有しうるように配慮するのが相当である。

以上の事情を総合的に検討すると、目録の遺産のうち(1)の土地及び(2)の建物を相手方ら六名に対しその各相続分の割合により共有取得させ、(3)及び(4)の土地を申立人に取得させるべきものとするが、但し、かくては申立人の取得物件の価額が金六、〇四八万六、〇〇〇円及び金六、二七九万八、七〇〇円合計一億二、三二八万四、七〇〇円となり同人の具体的な相続分である金九、七九〇万三、八〇〇円を金二、五三八万〇、九〇〇円分超過するので、その調整として、申立人から相手方らに対し同人らの相続分の割合に応じて弁済期を定めて調整金を支払わせるのが相当であり、且つ右支払確保のため申立人の取得土地の上に相手方らのためその調整金債権を担保するためそれぞれ抵当権を設定させることとする。凡そ遺産分割に当つては一切の事情を考慮してこれを決すべきものであるところ、本件調整金の数額は稍大きくその支払確保の必要があるものと思料され遺産分割の審判においては、国が後見的に措置しうべきもので本件のような抵当権設定の方法をとることも許容されるところと思料しすべての事情を勘案して、上記のとおり定めた。なお目録(3)の土地と(4)の土地の境界が必ずしも明認できるとも言い難い。しかし若し右両土地の境界に争がある場合においては民事訴訟によりその境界を確定すべきものであり、家事審判によりこれを決することはできないところであつて、右はこれらの土地を申立人の取得とすることの妨げとなるものではなく、且つ本件抵当権設定の効力を左右するところとはならない。

よつて主文のとおり審判する。

(家事審判官 長利正己)

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